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前回(企業は株主のものではない)の続きです。「会社は株主のもの」だと主張する人は結構多いです。知識人や高名なビジネスパーソンの中にもそういうことを言う人がいます。(例:[木村剛のコラム] 会社はやはり株主のものだ)前回の議論を一歩進めて、今回は「会社は株主のものだ」と断定する言い方は非常に危険だと指摘したいと思います。

「会社は株主のものだ」というのは、全くの事実無根ではないもののかなりの誇張だと思います。たとえて言えば「イチローはホームランバッターだ」というようなものです。もし、誰かが「会社は従業員のものだ」と言えば、それは明らかに嘘か錯誤にあたります。これは「イチローはサッカー選手だ」と言っているようなものなので、「会社は従業員のものだ」と主張している人がいても「ああ、この人はきっと酔っ払ってるんだなあ」で済みます。ところが「会社は株主のものだ」はほんの少しだけ真実を含んでいるので性質が悪いのです。イチローも年に数本から十数本ホームランを打ちますから。
現代のコーポレートガバナンス理論はAdolf Berleからスタートしたと言われています。(Adolf Berle and Gardiner Means, 1932. The Modern Corporation and Private Property)会社は所有と経営の分離が起こったことによって潜在的に腐敗が発生する可能性があるので、そうした腐敗を防ぐための仕組みとしてコーポレートガバナンスが必要性であるというようなことを言っています。これが経済学のAgency Theoryを取り入れることによって論理的に整理され、英米で発展したのが現在の「株主利益の最大化が経営の役割だ」とするShareholder Conceptです。「会社は株主のものだ」という主張はこのコンセプトを曲解したことによって蔓延した幻想であると思います。

以下にこれが幻想であるという論拠を挙げます。

まず第一に、Shareholder Conceptの拠り所となっているAgency Theoryを唱える経済学者たちはそもそも「会社は株主のものだ」とは言ってません。経済学者は会社を経済的な機能として「多くの人が関わる製造装置」と捉えているのですが、株主とは会社に関わる多くの契約者(債権者、労働者、サプライヤーなど)の中の一つに過ぎないと見ています。株主は会社の残余財産を請求できる契約をしており、これはリスクとリターンが最も大きい契約形態です。従って、誰かがこのTeam-oriented production systemとしての会社を監視する必要があるとすれば、株主が適切だということになります。そういうわけでAgency Theoryをコーポレートガバナンスに適用する際には株主をPrincipalとするのが一般的になっています。Armen Alchianははっきりと「株主は会社を所有していない、会社の資本を所有している。会社のオーナーが誰かというのは無関係だ」という趣旨のことを言っています。(Alchian, Armen A & Demsetz, Harold, 1972. "Production , Information Costs, and Economic Organization," American Economic Review, American Economic Association, vol. 62(5), pages 777-95, December.)

次に法律ですが、日本を含めてどこの先進国の会社法も「会社は株主のものだ」とは規定していません。例えばイギリスの法律では"Shareholders are not, in the eye of law, part owners of the undertaking."(Evershed, L. J. in Short v. Treasury Commissioners, 1948, A. C. 534 H. L.)という大前提のもと、株主はResidual Claimerであり、一般に言うところの「所有」という概念を以って「株主は会社を所有している」ということはできないという見方が一般的です。つまり「私は車を所有している」と同じ意味で「私は会社を所有している」とは言えません。会社はそれ自体が人格を持つ社会的な存在で、(多くのStakeholderがいるにしても)厳密には誰にも「所有」されていないと考えるべきです。(Kay, J. and Silberston, A., 1995. Corporate Governance, National Institute Economic Review, vol.95, No.3, National Institute of Economic and Social Research)

会社が社会的な存在であり社会に貢献する必要があるというのはAdolf Berleが既に1932年に主張していたことです。最近はこれがStakeholder Conceptという形で再び強調されてきています。会社とは注入された資本を会社の構成員の富と利益のために運用する組織であるというのがStakeholder Conceptのベースです。会社の構成員とは株主をはじめ債権者、従業員、取引先、地域社会などです。決して株主だけが会社を構成しているわけではありません。(Post, J. E., Preston, L. E. and Sachs, S., 2002. Redefining the Corporation: Stakeholder Management and Organizational Wealth, Stanford University Press)

というわけで、上記のような流れを無視して「会社は株主のものだ」という誇張表現を影響力がある人が使うのはかなり危険であると思います。何も知らない人がそれを聞いて「会社は株主のものだ」を法的にも担保された事実だと思い込んでしまうかもしれないからです。
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