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日経ビジネス2006年7月3日号のコーポレートガバナンス特集「正しい社長の叱り方」は全般としては大変読み応えのある内容なのですが、日本電産の事例には少し違和感を覚えました。

日本電産はパワフルな創業社長の永守氏といわゆる大番頭の小部副社長という体制で短期間に国際競争力のある企業にのし上がった会社なのですが、この創業社長と大番頭という体制がガバナンスだと言い切っているのです。松下幸之助と高橋荒太郎、本田宗一郎と藤沢武夫、ラインハルトとキルヒアイス、、、最後のはちょっとあれですが、確かに偉大な経営者と大番頭というコンビは非常に良い仕事をする例が多いです。ともすれば非常識に走りがちな天才肌の経営者を諌めたりなだめたりしながら、社内を切り盛りする大番頭の役割は一見すると理想的なコーポレートガバナンスに見えなくもありません。
これは、最良の絶対君主制と最悪の民主制の例にも似ていますが、大番頭制というのは本質的にコーポレートガバナンスの議論の範疇に含めるべきではないと思います。コーポレートガバナンスとは株主を初めとする様々なステークホルダーとの関係性の中で会社をいかに統治していくかというものです。コーポレートガバナンスが提起する体制はシステムとしてチェック機能や自己健全化機能を備えている必要があり、決して個人の資質だけに頼ってはいけないはずです。

ですからこの場合、永守社長がいくらセンスある経営者で、小部副社長が良識と正義感と勇気に溢れた素晴らしい実務家であっても、日本電産は決してコーポレートガバナンス優良企業とは言えないわけです。

日本電産を初め社外取締役の導入に否定的な会社は「業務の中身が判らない社外取締役は役立たず」とか「ぽっと出の社外取締役に責任感ある(命がけの)経営判断は期待できない」というようなことを言います。これは株式会社の機構を無視したある意味危険な考えだと思います。そもそも経営判断と業務執行は全く違う種類のものですし、取締役会と業務執行担当者は上下関係ではありません。日本企業は長らく取締役をサラリーマンの出世のゴールとして規定していたため、取締役の仕事に関する誤解が蔓延っているのだと思います。

話を日本電産に戻しますが、日本電産という企業と永守社長と小部副社長は間違いなく株主価値の創出に寄与していますし、賞賛されてしかるべきだと思います。ただし、そのコーポーレートガバナンスがロールモデルになり得るかというと大いに疑問です。もし仮に金正日が良識家で有能で素晴らしい政治を行ったとして、じゃあ北朝鮮のような独裁政治が政治体制として素晴らしいということになるでしょうか?
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